茨城県および茨城近郊めぐりのブログ 思ったこと、感じたこと、自由・気ままにわがままに♪

村松山虚空蔵堂

村松山虚空蔵堂
mura01
由緒
村松山虚空蔵堂は平安初期大同二年(八〇七)に弘法大師が、
鎮護国家、万民豊楽、平和祈願の等身座像の虚空蔵菩薩を一刀三拝の礼をつくして
お刻みになり、平城天皇から「村松山神宮寺」の勅額を賜わり、創建された。
平安末期より鎌倉、南北朝、室町、安土桃山時代まで五百年の間佐竹氏が隆盛を極め、
その保護のもとに当山も又塔中寺院、円蔵寺、松林寺、歓喜寺、東光寺、竜蔵寺、
竜光院等幾多の僧坊を連ね、多数の学徒の養成に貢献した。
文明十七年(一四八五)に、佐竹氏と岩城氏が村松で交戦し、
当山も兵火に罹って伽藍一切、勅額共に消失した。
本尊は佐竹氏の一族である真崎浦天神山城主、真崎三郎の奉納した御厨子と共に
火を免れ今に伝わる。

※日本三体虚空蔵
むかしから日本国内に名高い虚空蔵菩薩が三体あります。
その一は関西で伊勢 浅熊嶽 ( あさまだけ ) の徳一満虚空蔵さま、
そのニは奥州で会津 柳津 ( やないづ ) の福一満虚空蔵さま、
その三は徳と福とを兼ね備えたもので最も有名な 常陸 ( ひたち ) 村松 ( むらまつ ) の大満虚空蔵さまであります。

mura02


茨城県那珂郡東海村村松8

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

URL
コメント

パスワード
秘密
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL : http://yasuraginomelody.blog78.fc2.com/tb.php/46-19d66c6e
<< 鹿島神社(菅谷鹿島神社) | TOP | 大甕神社 >>